楽観主義の定義、
職業倫理と社会への「大義名分」と日々格闘されておられる青年と出会う。善しきに・悪しきにつけ、どのような状況になろうとも、自らの信条を信じ、進むことが先決だと結びながら、大いなる飛躍へのエールを贈らせてもらう。<(_ _)>
右サイドのバーをご覧頂ければお分かりのように、WC開催記念BLOGに参加している。コメントも付けられ何かと重宝だ。そんなドイツのエーリヒ・ケストナー(作家)は、著書、「ケストナー・ナチスに抵抗し続けた作家」をはじめ、詩集やその他の文章で軍国主義者を存分に蹴散らしている。
半面、ケストナーは、権力の魔性に対する人間の「弱さ」と「忘れっぽさ」に気づいていた。正義は何度も訴えねばならないと。ケストナーは、児童文学という形で子供等に語り始めるのであった。子供等の正義感と、物事を真っ直ぐに見る能力を信じ。そんな「子供のココロ」を、大人になっても持ち続けたら、この世の中はきっと良くなるはずと。
「エーミールと探偵たち」。あまりにも懐かしくもあり、ワクワクしながら本を手にされた方々も数多くおられることと。快活な主人公エーミールが、苦労して働く母から預かったお金を盗まれ泣いている場面では、作家は読者に以下のように語りかけるシーンが忘れられずにいる。
「おかあさんのために泣いたのです。その気持ちの分からない人は、例えどんなに勇敢でも、どうにもなりません!」と。
『痛みを感じないこと』が『強さ』ではない!
この母を思う優しいココロこそ、大人が忘れてはならない強い「子供のココロ」ではないだろうか。青っちには、常に一人ひとりの「生身」の苦悩に向き合うことから出発することを本意としている。
『共に悩み、格闘しながらも、励まし・悲しみ』を、『優しさ』に、苦労を生きるチカラに変えていく。この「楽観主義」こそが、今時勢の悪を防ぎ、平和を築くココロの砦になるだろう。(^^)v
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