言葉のチカラ、
「…ちゃんがね、またいじめられてたんだぁ!」、次男が大きな子供へ一部始終報告をしていた。長男と違って主観が入らない分、次男の話は克明だ。話し終わりこの2人が、どういう結論なる行動をとるか見守っていた。(しかし、今夏のすくすくと学童の併設運営の功罪が、ここまで深刻化するとは学校関係者さえ予想してなかっただろう。)
っま、上記通り、結論が出るわけがない!(笑)←(…それなりの結論は出てますが書くまでもない一般論です。)
「悪いことを見て、何もしないのは、悪いのと同じなんだよね!」、小さな声で次男が話しかけてくる。
彼の髪を撫でながら、「怖かったの?」と訊こうとした瞬間、自身の口から発してきた。
「そうか!」。今日のところは、この一言だけに留めることにした。
そろそろ、出向く必要性がある。ただ、我が家のことでない分、それぞれの家庭ならではの考え方および行動スタイルがある。若干、危惧している点があるとすれば前記の箇所だ。(結構シビアなんです)
時に、今日は、マー君をはじめ、沢山の子供等が訪れてきた。前々から気になっていたのだが、名前を知らず、その子がどこに(どこら辺)住んでいることすら知らず、遊べる時間から帰るまでの時間を共有している姿に今も驚いている。
また、便乗して大きな子供までもが、「あの子は?」「ねぇー、君アイス食べる?」「時間が来たけどお家のヒト心配しないのぉ!」と接するから大変。 …OIL…
「祖父語録のTOP10」に必ずランキングされているものが、「名は体を表す」。これは、名付ける側の「名が体を表して欲しい!」との願いが込められている、そんな見方もできるのだと、良く聞かされたものだ。
思いの込もった言葉には、チカラがある。
子供の健やかな成長にとって、愛情に溢れた日々の名前の呼びかけは欠かせない。愛称で呼ぶことも多いだろうが、時と場合に応じて、ここはひとつ、きちんと名前を呼びかけたい。(#^.^#)
名前を温かく呼びかけて挨拶を続けると、ココロの荒んだ子でも、少しずつ精神状態が安定していくと、先輩医師からよく学んだ点。
一人の人間として、自分を見てくれているヒトの存在を、子供自身が敏感に感じ取っていくためだと云う。
今夏、その力量を見込まれ、大学病院からご家族で上京された先輩の小児科医もまた、病気や治療への不安を隠せない子供とココロを通わせるため、意識的に子供の名前を呼びかけるのだと話された。
言葉をあやつる人間にとって、名前とは、『コミュニケーションの原点』なのかもしれない!(キッパリ)
有名な「寂日房のお手紙」では、哲人御自身の名が、時代の闇を照らす光明として、名前のもつ意義をとどめられている。なぜなら、「一切の物にわたりて名の大切なるなり」と強調された点に尽きる。
日頃、何気なく使っている名前。
そこに相手をたたえる真心を込めていきたい!
その心がけが、豊かな人間関係の「礎」となっていくと信じたい日でもあった。<(_ _)>
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